2020年2月24日月曜日

被暴力経験ー子どもの経験と人生①

2年前の虐待死について調査した厚労省の検討委員長が、「各機関が手続きを守っていれば死は防げた」というコメントを発表していた。死は防げたとしても、壮絶な虐待を長期に渡り受け続けて子どもは健康に幸せに育ち自己実現をしていくことができるだろうか。
子どもが幸せに育つことを目標とした福祉が望ましいと思う。

フランスは虐待ではなく、心配があること、リスクがあることが保護の基準となる。法律で定義されているその基準とは「子どもの健康、安全、精神面が危険やリスクにさらされていたり、子どもの教育的・身体的・情緒的・知的・社会的発達が危険やリスクにさらされている場合」である。つまり、先の子どもの栄養失調や度重なるアザのあとは十分保護が必要な状況と判断される。虐待が起きる前の、予防の段階でのケアが必要と考えられている。

同じような動機で保護されても、 国が違えば与えられるチャンスの幅が違うということが日本とフランスの比較を始めた理由だった。しかし、より実態を知るにつれ、国の福祉次第では子どもとしての人生、ひいてはその先の大人になってからの人生も救われたり不幸せなままだったりするということを感じるようになった。


20年来の友達を事例に考えてみたい。仮に明日香とする。
明日香は地方都市で生まれ、中学時代の部活帰りに住宅街で見知らぬ人に強姦された。
その時、家の中から見ていたおばさんと目が合ったがカーテンを「シャーっと」閉められ、自宅に帰っても家族に言えず、翌朝学校で担任の先生に言うも「そんなこといつまでも引きずらないで勉強に集中しなさい」と言われる。結果、翌日から学校に行けなくなり、外で過ごすようになる。

日本でももちろんここまででおばさんが助け、学校の先生が助けてくれる可能性はあったかもしれない。また、フランスで子どもを守る制度が整っているからとはいえ全て防げるわけではないのは事実である。それでも、フランスで同じことが起きていたら対応、そしてその後の人生は違っていたと思わざるを得ない。
- 全ての市民に通報義務があり、通報しないと訴えられることさえあるため、周辺の住民から通報が入っただろう
- 警察の未成年保護班という専門部隊がいるので、本人が被害届を出さなくても、事件の通報があったら調査を開始し、犯人を見つけ逮捕しただろう
- 路上のスペシャルエデュケーターという「夜回り先生」を専門職としてしているような未成年保護チームがいるので、特に下校時間など若者が外にいる時間は積極的に声かけをして予防活動に取り組んでいる
- 学校には教えることを専門とする教師とは別に、子どもの福祉を専門とする心理士、ソーシャルワーカー、教育相談員などの職員がいるので、教師は専門職につながないと義務違反になるし、子どもも話せる相手に選択肢がある
- 一月に半日を4回以上欠席すると、学校は対応を取る決まりになっているので、最初は教育相談員が対応、続いて本人と連絡が取れないときは通報し児童相談所や裁判所が即日保護の手続きをとるので、子どもが学校に行かないまま子どもの福祉の専門家が誰も対応をとっていないという事態は起きない。

明日香は家にも帰りづらくなり、車に乗せ自宅に連れて帰る男性の家を転々として過ごす。 

- 家に帰りづらい場合は匿名・無料で泊まって、エデュケーターや心理士の支援を受けることができるシェルターがある。 
- 親が反対しても、子どもが施設・里親・グループホーム・アパート暮らしなど親と離れて暮らすことを希望したら子どもは児童相談所の予算で別に暮らすことができる。
- 匿名・無料で心理士のカウンセリングを受けることができる「ティーンエイジャーの家」がある
- 子どもが学校に来ておらず、児童相談所も居場所を確認できない場合未成年保護班が出動し捜索する
- 実際日本で施設を訪問すると「子どもが逃げたらすぐ車に乗せていくような人がたくさんいるんですよ、なので1日2日帰って来ないことがあっても他に行き先がないものだからケロっと戻ってくる 」と職員が言うことが度々ある。警察も家出とみなすと積極的には捜索しないと児童福祉関係者は言う。未成年保護班がいないと、警察の優先事項も違うのだろう

明日香は中学2年以降登校していなかったが、大検を受け、東京の国立大学に入学し筆者と知り合った。
しかし、入学直後に地方の有名男子校出身のAと関係を持ったことをAが同じ学校出身の仲間に得意げに言いふらし、「軽い」という噂が流れ、明日香は大学にも行きづらくなる。
卒業後国家公務員として勤務するが、係長と課長双方に、別々に、職場で口で奉仕するよう強いられるなどする中、本人曰くマスクが離せなくなり、その後躁鬱病を発症する。勤務を始めて数年後から病休を繰り返し今に至る。現在もうつ病で精神病院に入院中である。 

家族は妹と父母である。妹は明日香が長く家を不在にしていたこともあって皆勤賞をとるくらい、学校にはしっかり行く明るい子どもだった。母は明日香にとって一番近い存在だったが、明日香が国家公務員になった直後に癌で急逝。その後、妹は引きこもりになり、十年以上経っても状況は改善していない。父は母急逝後アルコール依存気味だが、父の年金で父と妹2人で暮らしている。

明日香がまだ中学生のときに子どもの福祉に助けられ、ケアされて自分を再構築でき、同時に妹もケアを受け、父母も支援を受けるなかで娘たちに起きたことを理解して受け入れ支えられるようになっていたら、全く違うその後になっていたのではないかと思わざるを得ない。ケアがなかったからこそ、24年経っても、事件がいつまでも尾を引いているのである。被暴力経験は大きく自尊心を傷つけ、自分を守る選択をしにくくさせることがある。いじめと同じように、加害者に嗅ぎ分けられ、さらなる標的にされてしまう。

日本ではよく、「誰でもいろんな辛いことを抱えて生きている」 と言うが、子ども時代の辛い経験は抱えきれないようなものもあり、子どもは小さければ小さいほど耐性がない。国が子どもを守り育てることに予算を割き力を入れることができれば、能力を開花させ社会を支える大人が育つだろう。明日香は辛い10代を送り、20代も辛く、30代に発病、40代もリカバリーできていない。素晴らしい才能があり、魅力的な人柄の女性がこんなに長く苦しむ姿を見るのはやりきれない。
フランスの福祉を知る中で希望を見ることができることが救いだが、日本でももっと人が大切にされ、幸せに暮らし力を発揮できる社会になってほしいと願う。

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基本情報

職業:ライター / 通訳 キーワード:子どもの福祉、家族政策、子どもの権利、教育、社会的養護、周産期ケア 掲載・発表 『対人援助学マガジン』 2021年9月第46号 pp.282-326 「フランスのソーシャルワーク(5)児...